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西士狩小学校

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芽室町西士狩北5線
明治30年の創立は芽室町で最初に開校した学校である。閉校は平成11年3月、100年の歴史に幕を閉じ芽室西小学校に統合した。 卒業生は1170名を数える。 閉校時の児童数は23名、校長は筒井眞氏であった。     
 校舎玄関前に「学びの跡」の碑を建立、揮毫は芽室町長常山誠である。
複式教育の先進的実践校であり、昭和27年文部省指定のモデルスクールとして校舎建築がなされた。
近年は帯広聾学校との交流学習、資源リサイクル運動を展開した。


 西士狩と私      旧職員・教頭 藤山 信男 (50年〜58年)
 門柱に「文部省複式教育研究指定校」の表札が、かつての栄光をそのまま伝える本校に赴任したのが、昭和50年4月4日。この輝かしい実績や芽室町発祥の地としての誇り、教育に対する地域ぐるみの情熱、どれをとっても素晴らしいものであり、着任の喜びと共に身の引き締まるのを感じました。
 翌年「複式学習における放送教材の活用」のテーマの下に、小規模学校として初の放送番組導入の授業を公開しました。普段活用している放送教材とは言え、いざ改まって論理的構築を考えるとき、研究は常に入り口論に終始し、やっとの思いで一つの典型に辿り着き、当日好評を得た喜びは、他に例えようの無いものでありました。
 学校長が沢昭四郎先生に代わり、管内複式教育の研究公開校に指定されました。ここでは「一人一人の子どもが、学習課題をつかみ、解決の道筋を考え、自分の考えをまとめ、それを基により高い質の物に展開していく」と言う『自己思考』の研究課題に取り組みました。(中略)
 その他夏の一泊研修、紋別駅前の盆踊り参加、旭岳の雪渓を踏みながらの楽しい登山、西士狩芸能クラブの発足と体育館での発表会など思い出は尽きません。また、上西卓三校長家族との中国語勉強会、校長昇任試験の帰りを赤飯で迎えてくれたことなど忘れることは出来ません。(後略)       閉校記念誌「耕築」より

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