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 南札内小学校

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南札内小学校    中札内村南札内102
大正10年創立、昭和37年3月、35年の歴史に幕を閉じ上札内小学校へ統合した。卒業生は147名、閉校時の児童は21名、校長は勝英二郎氏であった。本校は上札内よりピョウタンの滝に向う道々を7kほど進んだところに位置し、日高連峰への登山口に当った。
昭和62年旧南札内小卒業生、北大山岳部OB「北大山の会」が「思い出多いお世話になった学校」を偲び、旧学校跡地に記念碑「故郷の灯」を建立した。

   この地に永住した男沢 哲(さとし)先生
 男沢哲は明治20年生れで、旧制築館中学校から江田島の海軍機関学校へ進み、日露戦争にも従軍した。20年余りを海軍に在役、将校待遇にまで昇進したが、その後退役して宮城県の高校教師をしていた。
 昭和2年の夏、上札内尋常小学校長の星隆一が、妻の故郷宮城県仙台を訪れたとき、姉の夫に当る男沢氏に南札内特別教習所の教員にと懇請した。 地域の人達の素朴で人情に満ち、自然に恵まれたヤマベの宝庫であることなどを聞き、意を固めた哲は子ども6人を連れて、この地に赴任したのである。
 哲は質実剛健の気風を児童に及ぼしたばかりでなく、地区の青少年にも大きな影響を与えた。また、剣道5段、柔道5段、相撲5段の格技の技を青少年に普及、青少年の技は飛躍的に上達して、管内にその名を轟かせた。
 学校が日高山脈の登山者の出発拠点であったことから、地域の人達と共に数多くの登山者達に親身の世話をし、怪我人の整復なども行った。昭和2年から26年まで20余年を南札内小学校の教員として勤務した。同28年67歳の生涯を、この地で終えた男沢哲の地域への足跡は、今も村の人々に語り継がれている。
                         中札内町史教育編より

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