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上旭小学校

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上旭小学校   清水町字旭山31
大正8年創立、昭和53年3月58年の歴史に幕を閉じ、旭山小学校に統合した。卒業生は310名、閉校時の児童は3名、校長は吉田幸一氏であった。
昭和39年の冷害の折、札幌市の支援団体YMCAより援助を受けたことがきっかけで交流が始まり、52年の閉校記念運動会にも多数の応援団が参加した。(NHKTVでも放映)なお、現在もYMCAが「恵の里」として利用している。

上旭小学校の思い出 校長 大鐘 可志磨 (昭和38〜42年)
 霊峰剣の山を仰ぎ、春はワラビ,ウドなどの山菜が豊に育ち、秋はコクワや野ぶどうが甘酸っぱい香りや味を与えてくれた。雄大で野性味溢れる自然環境に包まれた上旭小学校、今その使命を終えて、58年間の輝かしい歴史に幕を閉じることは、誠に寂しく感慨もひとしおです。
 私が新米校長としてお世話になったのは、昭和38年から4年間でした。小さいながらも一国一城の主の気分で勇躍赴任、地域の皆さんの大歓迎を受け、初めての子ども達の前に立った時、明るく澄みきった36の瞳は今なお忘れることは出来ません。
(中略) 中でも昭和39年の大冷害に寄せられたYMCAの温かい援助の手、見たことも無い新品のピアノや給食物資、十勝教育局長、清水町長さんまで来てくれた盛大な贈呈式が催されました。給食が開始され、家内は専らうどん・ラーメンの副食作りにつとめ、新聞にもデカデカと報道されたりしました。贈られた衣料品を公平に分配するのも大変な作業でした。また、私なりに少しでもより良い教育環境をとPTAの協力を得て、校門の移動とそれに伴う道路の新設、築山の造成などに取り組んだのも思い出の一つです。(中略)4年のうち門屋先生とは2年、田村先生とは後半の2年、一色先生とは1年、家庭的な中にも、無理な仕事に快く協力して頂きました。学校の灯は消えても、母校や郷土を愛する心は永遠です。 閉校記念誌「かみあさひ」より

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