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湧洞小(中)学校

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 湧洞小(中)学校   豊頃町字湧洞3線65
明治34年創立、昭和62年3月、86年の歴史に幕を閉じ茂岩小学校に統合した。卒業生567名、閉校時の児童は8名、校長は中村啓氏であった。校舎前に「風雪有道」の碑を建立、閉校を惜しんだ。揮毫は中村啓校長である。        
本校は昭和和22年から46年まで中学校を併設、全校ぐるみの女子バレーが東部方面では最強を誇った。
昭和27年の十勝沖地震で校舎全壊、38年には火災にも見まわれた。教育活動に炭焼き窯を設置するなどの体験学習をとり入れた。管内で数少ない僻地4級校。

 私の湧洞小学校   旧職員 伊勢 英男 (33〜36在職)
 湧洞は私が教師として最初に勤務したところです。私事ですが、今勤務している明正小学校も、昭和63年4月からは、新設の芽室南小学校に統合され閉校になる運命です。もう一つの僻地校、雄馬別小学校も5年前に閉校となりました。時の流れとは言いながら、地域の文化の火が一つまた一つ消えて行くことは誠に淋しい限りです。
 私が在職した昭和33年当時はランプ生活で、勿論自炊です。お米は久田さん、雑貨は学校前の清野さん、良く食べた卵は下浦さんで、そして野菜等は校下の皆さんに頂戴していました。給食のない当時でしたのでお弁当持参、人間やればできるものとつくづく今思い出します。そんな食生活ですから月1回、月末に山形校長の乗用車で、帯広へみんなで飲み食いに出かけることが、すごく楽しみなものでした。
 小中併置校で、女子のバレーは管内でも有名校でした。男子の野球は私が教え、子どもと共に楽しみました。子ども達は純真で「せんせい!カギ―」「タノムネ !」と朝学校や職員室を空けてもらったものです。非行などと言う意識は私達の頭には全くありませんでした。ランプの淡い光に映し出された、私のロマンの世界が、この地にはあるのです。                閉校記念誌より


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