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 豊北小(中)学校

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 豊北小(中)学校   浦幌町字トイトッキ39
昭和25年創立、昭和57年3月、31年の歴史に幕を閉じ、新設の新養老小学校へ統合した。閉校時の児童は10名、校長は岡島敏介氏であった。校舎西側の小高い丘に「つよく かしこく たゆまず 自分から」の碑を建立している。本校は31年から49年まで中学校を併設した。
戦後樺太よりの引揚者が入植、大津村立小学校として開校したが、土地、気象条件は厳しかった。
37年大洪水のため被害甚大、43年PTAによる草地造成で教材教具を購入した。バレーボール、スピードスケートで好成績を残した。

 豊北スケート少年団  豊北スケート少年団後援会長 森 孝雄 
 (前略) 豊北には三日月沼があり、指導者にも恵まれ、PTAの協力も抜群と言うこんな条件に恵まれたところですから、農村地帯としては早くから、スピードスケートが行われていました。しかし、自然リンクゆえに、ひと雪降ると除雪が大変でした。除雪のためトラクターを沼に落とした年もありました。沼の氷が薄いうちは、全部人力で行う他はありません。児童たちもみんな頑張って除雪をしました。このような色々な苦労や協力態勢が、豊北のスケートの伝統を作り上げたのだと思います。
 51年父母によりスケート同好会が作られ、その2年後には、関係者の理解を得て今の少年団が結成されました。当初は15名という小人数ですから、どの大会にも全員出場できる様猛練習を続けました。日高降ろしの寒風に泣く子もいました。しかし、こんな練習の積み重ねが、町内の大会で全員6位以内入賞と言う、快挙に結びつきました。女子1600mリレー優勝、十勝大会での輝かしい記録……(中略)
 各種大会の目覚しい活躍に「豊北小は児童何人いるの」とか「学校はどこにあるか」など聞かれる事も度々でした。小さな学校の、大きな学校にも負けない努力と根性、これが「豊北魂」となって引き継がれていきました。
 昭和53年浦幌町民スケート大会が、この豊北小で開かれたのも、大きな思い出の一つです。           閉校記念誌「星霜31年」より

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